「 虚構の憲法を持つ日本と中国 現実を直視しなければ日本は敗北 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年10月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 857
21世紀、人類の争いの海は西太平洋とインド洋である。争いの主役は中国だ。中国の手法は力を前面に押し出す19世紀型帝国主義そのもので、尖閣諸島周辺の日本領海侵犯事件で不条理な要求を日本に突きつけ続けるように、周辺諸国を不幸にする。のみならず、じつは中国の国民をも不幸にする。
中国共産党政権は共産党一党支配を維持するために、内においては、国民を弾圧し続ける。9月29日に「産経新聞」が伝えたノーベル賞委員会のルンデスタッド事務長のインタビューは、国内弾圧が噴きこぼれ外国にまで波及した事例である。
同事務長は、今年6月、中国の外務次官が、「服役中の民主活動家、劉暁波氏(54)を念頭に『(平和賞を)授与すればノルウェーと中国の関係は悪化するだろう』と露骨に圧力をかけてきた」と語ったそうだ。
劉氏は「08憲章」を起草し、2年前、同憲章発表直前に拘束された。同憲章は、中国の真の民主化実現のための政治改革を求め、中国共産党一党支配の矛盾を鋭く指摘する内容だった。憲章には最終的に数千人の知識人や一般人が署名し、国際社会は劉氏らの提言に注目した。一方、中国政府は劉氏らを反体制派と断じて弾圧した。氏は今年2月、国家政権転覆扇動罪などで11年の刑を受けた。
国際社会が注目するなかで、中国政府が劉氏を有罪としたのは、氏が天安門事件で立ち上がった人物でもあるからだろう。今も、中国では天安門事件について語ることは許されない。「人民のために正義を実現する」はずの中国共産党が天安門では人民を無惨に殺害したなどという事実はきれいサッパリ消し去らなければならないからだ。
ルンデスタッド事務長は「ここ数年、中国当局は何度も『いかなる反体制活動家にも授与するな』とアプローチしてくる」と述べているが、中国政府が守りたいのは人民でも人民の幸福でもなく、共産党一党支配なのである。
中国当局がノーベル賞委員会にまで圧力をかけていることを知って、私はつい、中国の憲法を思い浮かべてしまった。中華人民共和国憲法は、じつは、すばらしい内容なのだ。「国家は人権を尊重、保護する」(第33条第3項)、「中華人民共和国公民は言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由を有する」(第35条)、「中華人民共和国公民の人格の尊厳は、侵されない」(第38条)など、美しい言葉が並ぶ。だが、中国の現実が憲法の真逆であるのは、いまさら言うまでもない。中華人民共和国憲法は虚構なのだ。
中国の知人、友人にそう言うと、多くが笑う。百も承知だ、建前は建前であり、美しく言わなければ意味はないという笑いであろう。虚構を恥ずることもなく、看板は看板、現実は現実だとするこの中国的精神で、彼らは着実に勢力を広げてきた。
中国と日本を比較せざるをえない。日本国憲法もまた、壮大な虚構でしかない。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文の言葉こそ、虚構の最たるものだ。
力を背景に尖閣諸島を奪おうとする中国が、「平和を愛し」「公正と信義」を重視する国か。日本の「安全と生存」を中国への信頼に任せてよいのか。答えは明らかだ。にもかかわらず、虚構に目をつぶり、国民、国家を守る力も整備せずに戦後を過ごしてきた結果、私たちの国は尖閣諸島や東シナ海を奪われる寸前まで追い込まれている。
共に虚構の憲法を持ちながら、日中両国は両極端を成す。その違いは、中国が政府も国民も虚構を十分承知し、巧みに利用してきたのに対し、日本は、虚構に気づかぬふりをしつつ、虚構の中に逃げ込んできた点にある。現実を直視しなければ、日本は敗北する。憲法が日本に及ぼす害を、今度こそ認識しなければならない。